要旨
子どもの権利の社会実装に関して、具体的な現状を可視化した。子どもの権利を実現する児童館について、岐阜県内の児童館数と、自治体の年間歳入の関係図を示した。結果として、他の市町と比較して、揖斐川町において、この観点で子どもの権利が実現されていない可能性が示唆された。近年は児童館に加えて、子ども食堂やフリースペース、プレーパーク、ユースセンターなど、多様な子どもの居場所が行政や民間、あるいは両者の協働によって展開されており、中には実際に町内で活動している事例もある。揖斐川町で、そうした多様な選択肢の中から、子どもの権利を実現していくための施策を実行する必要がある。私たちは今後、揖斐川町に住む子ども達に子どもの権利を保証するために、児童館等の設置にむけた取り組みを、行政や民間と協働して進める。
1 はじめに 児童館とは?
2016年に改正された児童福祉法、そして2023年4月に施行されるこども基本法の基本理念には、 「すべてのこどもが年齢や発達の程度に応じて、自分に直接関係するすべてのことに関して、意見を表す機会や多様な社会活動に参加する機会が確保される」「すべてのこどもは年齢や発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮される」と書かれている。一方で、「子どもの意見表明の機会は、自分の地域で、現状どの程度保障されているのか」、あるいは「子どもの最善の利益は、自分の地域で、現状どの程度考慮されているのか」について、さまざまな考え方や価値観を持つ人々が、ある程度の共通理解を得るための材料は、ほとんどない。私たちは2022年に「息の詰まりそうな子どもと立ちすくむ大人のマガジン」を発行し、活動地域とする岐阜県本巣市の子どもや子育ての現状の一部を可視化して、取るべき政策立案について論じた。本レポートは同じく私たちが活動地域とする岐阜県揖斐川町を対象として、子どもの権利の社会実装に関して、「児童館」を切り口として、具体的な現状の可視化を試みる。
児童館は児童福祉法に定められた児童厚生施設で、1950年代以降に都市部を中心に普及した。「児童に健全な遊びを与えて、その健康を増進し、又は情操を豊かにする」ことが目的であり、子どもたちは遊びを通じて、自己表現力や社交性を身につけ、健全な精神を育むことができる。地域の児童福祉やソーシャルワーク(≒社会参画)の重要な一翼を担う拠点である。
一方で、児童館をこれまで一度も持ったことがない地域も多い。児童館・児童センターは国内に4,398箇所(2021年度)あるが[1]、4割の市町村が児童館を持たない[2]。揖斐川町には、過去一度も児童館が存在したことがない。おそらく、過去に揖斐川町で暮らした多くの人たちは、児童館の必要を感じなかったのだろう。昔は近所に友達や先達がいて、放課後になれば一緒に遊ぶことができた。田んぼや畦道や森や小川など遊ぶ場所も豊富にあり、またその重要さが社会的に認められていた。地域のコミュニティが現代よりもずっと活発に機能しており、子どもたちはその中でさまざまな助けや刺激を得ることができた。
残念ながら、現在そのような環境はない。少子化やバス通学によって、子どもの行動圏内に一緒に遊ぶことができる友達がいることは、当たり前のことではなくなった。家と学校以外に子どもが自由に遊んだり過ごしたりできる場所はほとんどなく、彼らが豊かに過ごす時間のほとんどをインターネット空間が独占している(小中高生のインターネット使用時間は3時間/日[3])。「子どもが少なくなったから」という理由で、地域の子ども会は次々に活動を縮小し、解散している。そして、遊ぶ空間や自由を失った子どもたちに対して、居場所を提供したり、見守ったり、手を差し伸べるような取り組みは、限られている。
2 岐阜県内における児童館の設置状況
児童館の話に戻ろう。
岐阜県内の児童館数と、自治体の年間歳入の関係図を示した(図1)。児童館数には大きなバラツキがあり、また歳入と館数は必ずしも比例しないが、児童館数がゼロの自治体はある程度の歳入規模の範囲に限定されていることがわかる。揖斐川町は左下の密集部分にある。拡大してみよう。
歳入500億円以下・児童館数3以下の範囲を拡大した図を示した(図2)。岐阜県内42市町村の内、15市町村(36%)が児童館ゼロとなっているが、揖斐川町はその中でも4番目に歳入規模が大きい。揖斐川町よりも歳入が大きく、かつ児童館ゼロの市町村は、海津市、飛騨市、瑞穂市の3市のみとなっている。
3 揖斐川町における子どもの権利保障
揖斐川町が2020年に策定した「第2期揖斐川町子ども・子育て支援事業計画」には児童館の記載はないが、町が主導して「子どもの居場所」を充実させていくことが記載されている。具体的には、公園の充実、公民館の活用、幼稚園や子育て支援センターの園庭開放、留守家庭児童教室の充実等が挙げられている[4]。これらも重要な取組だが、国が子どもの権利を保障するために各地域に求める水準に達するためには、さらなる積み重ねが必要だ。
こども基本法第11条には、次のように記載されている。
第十一条 国及び地方公共団体は、こども施策を策定し、実施し、及び評価するに当たっては、当該こども施策の対象となるこども又はこどもを養育する者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。
内閣府は更に、本条を実施する上では子どもが意見を言いやすい環境づくりやファシリテーター・サポーターの役割が重要であると位置付け[5]、更にそうした役割を担う具体的な人物像として「児童館や青少年センターなどで日ごろからこどもと直接接している職員、こどもや若者の支援や参画に関わっている民間団体、世代の近い地域の学生や若者」を挙げている[6]。揖斐川町の第2期計画に記載されている取組を見直すと、こうした観点は含まれていないように見える。
断っておくが、筆者は児童館という名称や枠組みに拘っているのではない。近年は児童館に加えて、子ども食堂やフリースペース、プレーパーク、ユースセンターなど、以前よりも多様なニーズに応える子どもの居場所が行政や民間、あるいは両者の協働によって展開されている。それらの目的や役割や対象年齢は異なるが、子どもの権利の保障を目的としているという大枠は共通している。中には、すでに実際に町内で活動している事例もある。揖斐川町はそうした多様な選択肢の中から「子どもの権利」を実現していくための施策群を構成し、実行したほうがよいだろう。東京23区を超える面積を持つ揖斐川町において、1箇所の拠点だけができたとしても効果は限られるため、移動や提供の手段も含めた検討が必要だ。どうしても十分な予算が確保できない、という事情もあるならば、複数の自治体で協力して施策を実施してもいいし、民間財源を開発してもいい。
必要なのは、ハコモノとしての児童館を設置することではない。揖斐川町に住む子どもたちに、子どもの権利を保障することである。
また、別の観点として少子化問題がある。少子化は社会全域にわたって影響を与える破壊的な問題で、国だけでなく地方自治体にも早急な対策を実施することが求められている。文部科学省は、「子どもの権利が尊重されれば、親になりたいという希望や意欲が高まり 、少子化問題の解決につながる可能性がある」と説明している[7]。揖斐川町は少子化対策として、学童保育事業、ぎふ木育広場の設置、森のようちえんの取組支援、医療費無償化と出産育児給付、子育て支援事業、学校給食の無償化などを実施している[8]。子育ての労苦が、喜びに勝ってしまい、出産・子育てが忌避されるというメカニズムは、「こどもの権利」が軽視され、子育てが軽視されるという倫理が一因になっている。例えば、子どもが自由にのびのびと過ごせる居心地のよい場所があれば、親は安心して子育てができるし、あらたに子どもをもうけるかもしれない。子どもの権利を守ることは、少子化対策にもなりうる。
4 私たちの政策提案
下記に、揖斐川町の子どもや子育て世帯が置かれている現状を、児童館以外についても簡単に紹介する。
・2021年の揖斐川町の出生数は76人で、2016年の132人に比べて5年間で43%も減少した。
・子育ての援助を仲介するファミリー・サポート・センターが設置されていない。岐阜県内でファミサポを設置していない自治体は、揖斐川町を含み7市町村(16%)に過ぎない[9]。
・未就学児保護者の29%、小学生保護者の22%が「子どもの居場所をつくってほしい」と考えている[10]。
・町議会の議事録に、「子どもの権利」という言葉は掲載されていない。当然、「子どもが意見を表明する権利の保障」や「意見の尊重」といった言葉も登場しない。
私たちは、揖斐川町の子どもが置かれている状況を、もっとよく知る必要がある。私たちは今後、揖斐川町においても子どもや子育てに関係する人々に対してヒアリング調査を実施し、現状に対する考察をより深め、それを基にさらに地域や行政に働きかけていく。調査に協力してくれる方や、興味がある方がいれば、ぜひ当団体に連絡してほしい。
また、私たちは今後、揖斐川町に住む子ども達に「子どもの権利」を保証するために、揖斐川町で初となるユースセンターや、ファミリー・サポート・センターの設置にむけた準備を、行政や民間と協働して進めていく。
参考文献
[1] 大竹智(2021), 児童館の運営及び活動内容等の状況に関する調査研究, p.5
[2] 同上, p.15
[3] 内閣府(2021), 令和2年度青少年のインターネット利用環境実態調査, p.63
[4] 揖斐川町(2020), 第2期揖斐川町子ども・子育て支援事業計画, p.39
[5] 内閣官房こども家庭庁設立準備室(2022), こども基本法説明資料, p.9
[6] 内閣官房こども家庭庁設立準備室(2022), こども基本法に基づくこども施策の策定等へのこどもの意見の反映について
[7] 文部科学省(2010), 子ども・子育てビジョン(抄)
[8] 揖斐川町(2021), 揖斐川町第2次総合計画, p.51
[9] 岐阜県(2022), 岐阜県内のファミリー・サポート・センター(令和4年4月1日現在)
[10] 揖斐川町(2020), 第2期揖斐川町子ども・子育て支援事業計画, p.30